大変だよ!?やふーにゅーすだyo!

どうするmisakoちゃん?
ちょんのソロデビューがやふーエンタメニュースの見出しになったよ。
記事は中央日報なんだけどさ、久しぶりすぎて涙。元記事連合ニュースです。
この記事に書かれてる事は、溺愛同好会にはもう周知のことなのに(進出先は、まぁ^^;)
改めて、日本語記事でみると、なじぇか驚きます。
それでもってちょっと長い記事も見つけました。



9月13日  世界日報
Click Bオ・ジョンヒョクではなくソロ歌手 OJです
10代美少年 7人で構成されたClick B が歌謡界に登場してから 7年が経った.
登場とともにスター級に立ち上がった人々は以後固定ファン層を基盤に
‘百戦無敗’ ‘カウボーイ’ などをヒットさせてアイドル全盛時代に一役した.
しかし歳月が経って,トレンドが変わりながらClick Bも他の限りないグループたちが
そうだったように下り坂を歩かなければならなかった.
2002年メンバーユ・ホソク,ノ・ミニョク,ハ・ヒョンゴンが脱退したし,
以後キム・サンヒョクが飲酒運転で世論の袋叩きにあいながら
残ったメンバーたちは変化の道を模索するしかなかった.
可愛らしい外貌で人気を呼んだリードボーカルオ・ジョンヒョクは
去る 2年間の空白期間を終えて OJに帰って来た.
ソロデビュー曲 ‘死ぬほど’は秋に似合う哀切なバラード.
あるコーヒーショップでClick Bの跡を敢然と消した OJと話を交わして見た.

 #率直に,恐ろしい 
 テコンドー選手を夢見た OJが偶然に芸能界にデビューした時,
その所は面白くて楽しみがわく空間だった.
いつも盲目的な愛を送ってくれるファンに取り囲まれたし,
グループ内でもリードボーカルとして立地を押し堅めた.
皆が ‘お上手だったの’ ‘格好よい’と言ってくれたし周りには人が絶えなかった.
 しかしClick Bがアイドルのフレームの外に出た時現実は冷情だった.
大衆はあっという間に関心を折ったし,ファンの数価垂直下落した.
‘私が学んだのがこれだけなのに’といっていた未練は
‘ここで崩れれば大変な事になるね’と言うやせがまんに変わった.
 去年冬から始まったソロアルバムとけることはそれこそ ‘死ぬほど’ 大変だった.
人気グループのリードボーカル出身だというのに期待を抱いて来た作曲家たちは
一様に苦言をした.
 “‘この位であることは分からなかった’と言う言葉まで聞きました.
グループ時代から育てて来た悪い癖もすべて直さなければならなかったんです.
率直に初めには自尊人を傷つけられました.‘それでも歌手だったが’という気が
するんじゃないか. もちろん結局には私がたくさん足りなかったということひしひし感じたんです.”
 必要ではないバイブレーションを減らして,呼吸調節に気を使いながら
OJは徐々に歌実力を発揮し始めた.オンラインに公開する直前にも
‘果してこのアルバムを出すことができるか’ 悩まなければならないほどに
‘劣悪’したが,結局好評を得て人気独り占めに ‘弾力’を受けた状態だ.
 “たくさん恐ろしいです.今までは他の方々と一緒にだったがこれからは
私の分け前が多いようで.”

#これからは可愛くない 
OJは今度アルバムを通じて既存イメージを脱ごうと総力を傾けた.
 “ダンスグループイメージが強いでしょう.そのまま名前だけ OJに変えるのは
弱いと思いました.他のジャンル,他の姿を見せてくれたかったんです.
元々かつてから私の使って来た曲がほとんどバラードばかりというくらい
バラードが好きでもあったんです.”
 次の生に生まれたら ‘男らしいような顔で生まれたい’と言う彼は
‘アイドルスター’への未練を捨ててから以前だ.
 “この前に肌が良くないて腐ったという音たくさん聞きました.(笑い)
20代になったら美少年という言葉が嫌いだったんですよ.
髪を伸ばせたことからかきれいだという話をたくさん聞いたが,会社に何も言わずに
頭をちょきんと刈って酷い目に会ったこともあります.”
 Click B内で二番目で ‘事故’をたくさん打ったという OJはいつのまにか
正正堂堂としている(?) 二十五歳の青年になった.
インタビューに同席したマネージャーも “この人物心がついた”と強調した.
彼は “この前にはどんなに散漫でいたずら気が多いか精神がない位だったが,
いつのまにか他人も気配りして言葉もよく通じる友達がなっていていたよ ”と言った.
横に座った OJも照れくさいように首をうなずいた.
 OJは現在メガウォックスというデザイン会社の理事を引き受けていたりする.
彼はソロアルバムジャケットに入って行った写真,文字,デザインなどに皆直接参加した.
そして今度アルバムの総括プロデューサーはClick Bのウ・ヨンソクが引き受けた.
まさにClick Bメンバーたちの力で一人立ちに出たこと.
OJは “歯を食いしばって熱心にして来た”と “新人歌手 OJと思って音楽に関心を
持ってくれたら良いだろう”と言う風を仄めかした.
リ・ヘリン記者

[SW考え]●成熟になって帰って来た OJ

 悪口を言われながらも応援してくれたファン大きな力,昔の試練もこれからは ''発展原動力''で人の心は変わるものと決まっている.誰も人生を通じて学ぶ ‘真理’だが 20台初盤の青年には踏んで立ち上がりにくい ‘衝撃’かも知れない.OJはClick Bがあらゆる事にぶつかった時の状況をよほど率直に打ち明けた.
 “もちろんよく分かります.スターに向けた関心は時時時時変わるんじゃないか.それなのに実際に私の事になるから大変だったんですよ.酷い瞬間にファンが抜けました.”
 こんなに OJはファンから傷を受けてしまったが,芸能界が恐ろしいという気がする時くらい彼を取ってくれたこともファンだった.
 “あの時は私たちが好きだという理由だけで悪口を言われたでしょう.それなのに最後まで応援してくれるファンがいました.‘気を付ける.どうしてそんなアドが好きだから’ 言うことまで聞きながらもClick Bのファンで残ってくれたのですよ.”
 すべてのことをやめてテコンドーをまた始めるか悩んだこともあるという彼はファンの声援が分からないふりをすることができなかった.
 OJは “この悪い頭でそのファンの名前をすべて覚えるほどに大きい力になった”と “グドルエゲだけは実の兄みたいな存在になりたい”と明らかにした.
 盲目的なファンの愛はスターを ‘温室の中の花草’で作ることもできるが,たまにはそういう温室の与える温みが必要でもあったのだ.温室の中で安住するのではないのか緊張して,自分を治めることは完全にスターの分け前だ.
 OJは温室外で進出した.可愛気,可愛らしさ代わりに元々オ・ジョンヒョクの姿で立ち上がった.自尊心を捨てて努力した結果,この前に立ち去ったファンもまた OJに関心を見せるところだ.
 OJは “やっぱりすべての関係には努力が必要なの悟った”と付け加える.
 OJはもうファンではない他の人々との関係を結んで行かなければならない.単純な ‘アイドルスター’ではない ‘ソロ歌手’として一般大衆と疏通しなければならないし,幾多の芸能関係者たちともまた対面しなければならない.
 彼は “カムバックをして,歌をまたしてファンにあえることは嬉しいがまた仕事をしながら ‘関係’を結んで行くということは少し怖かったりした”と言った.
 人気がある時きわめて親しく過ごした人々が試練が近づくと 10人内外で減ってしまったこと.10分の 1が過ぎるように縮まったヒューマンリレーションズを見て OJは ‘苦み’を見たがもうまた始めて見るつもりだ.
 “‘難しい時玉石が選り分けられる’と言う言葉が触れるしかなかったんです.今考えて見れば早く経験して見たのが好きなようでもあります.あれほど多いことを悟ったんです.”
 OJは今スタートラインに立った.当時には大きい傷だったがこれからはその痛みを ‘発展の原動力’にするだけ成長もした.そのためだろう.包装や誇張しようとしないで ‘大変だった’と率直に言う姿は,逆説的にも堂々で自信あったように見えた.


(T_T)まさか、こんなにしっかりとした意見を言える子に育っていたとは・・・。
苦労した分が、ちゃんと身についてこれから大きく羽ばたいてください。
で、早く、4人(7人でも可)の姿、またはJの兄さんと一緒に現れてください。
でも、やはりオイラにとっては可愛い分類だよ。
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by chilsung | 2006-09-13 19:46 | Click-B | Comments(0)